電験三種 合格までのストーリー 私のチャレンジ

電験三種の願書受付が始まります




32年前の挑戦ストーリー

忘れもしない 1986年の10月に電験3種に挑戦。当時は6教科で2日間に分けて3教科づつの長丁場。

科目は理論、発変電、送配電、機械、応用、法規だ。

【学習図書】

新方式 電験3種完修講座 1~6




今の方式とは違い科目猶予などはなく6教科の一発勝負。一科目で点数が低ければ翌年は一からの出直し。

厳しい時代であった。

10月の試験に向けて1年ほど前から準備を開始する。

前年に電気工事士(今で言う第二種電気工事士)と高圧電気工事士(第一種電気工事士)を取得してその勢いもあり電験3種に向かったのだ。

まずは理論。電気工事士のレベルの乖離に戸惑いながら、徹底的に理論を勉強する。

単語カードなどを使いすべての法則を頭に叩き込んだ。そして繰り返しの問題。回答ができるで何度でも繰り返す。

おかげで参考書は蛍光ペンと赤字で埋め尽くされ、最後は何が原文なのか判別できないほどにすり減っていた。



次は発変電。こちらもはじめて耳にする言葉だかりでちんぷんかんぷん。

発電所の種類や形式など、暗記ものが多くここは参考書を繰り返し何十回も読み続けた。

送配電も同様。電線のたるみなとどの計算問題に必死に取り組み5月のGWを迎える





田舎に帰りたかったけど

自分の田舎は長野県だ。

GWには友達との遊ぶ約束もしていたが電験3種に掛けてみようとGWはすべて勉強に費やした。

来る日も来る日も試験問題を解く。暗記の時間にすべての時間をつぎ込んだ。

音楽を聴きながら勉強する。これが自分流のスタイルだ。

当時のラジカセ(ラジオカセット)。電話もない。ましてやクーラーなどない四畳半のオンボロアパート。

頭が疲れるとガード下の赤提灯に行っては安い日本酒(熱燗)を飲んでは、そうすると勉強の内容が翌日飛んでいるといった繰り返しだった。

田舎に帰りたかった。友達との遊びもしたかったけど、仕事について初めてのGW。

東京を離れたい。でも勉強を選んだのだ。




浅間山をバックに鯉のぼり




何かを捨てなければ 何かを得られない

何かを捨てなければ何かを得ることができない。

昔からそう思っていたし、二つを追うものはひとつも得られない。電験を選んだ限りはすべてを捨てようと覚悟した。

ようやく機械ぐらいまでは勉強の範疇が広がり梅雨時期を迎えて残りの教科へ進む。

機械、応用とこちらも計算問題が多い。

なんだこの物量は。そしてこんな問題が自分に解けるのか?

やってもやっても繰り返し襲ってくる知らない言葉。計算式。

本を投げ捨て「こんなことやってなれるか」などと自分への怒りが止まらないことがあった。

完全にストレスの塊だ。

そしてお盆を迎える 続きは次回へ



【インフォメーション Ⅰ】
年を重ねても出来るビル管理

年齢を重ねても一定の資格があれば再雇用は可能。65才まで働ける。

我社はその先も働くことが出来る。70才まで会社が必要とすれば雇用は可能。

長期的に見てビル管理は体にやさしい人にやさしい業界であることは常々お伝えしています。

今まさに転職をお考えの方、絶好のチャンスです。思い立つ日が吉日。

さあはじめましょう。





【インフォメーション Ⅱ】
良いビル管理開始を見極める

ビル管理館会社のイメージとして安い給料汚い仕事が浮かぶかも知れません。決してそんなことはありません。

良いビル管理会社を見極めれば処遇も悪くなくやりがいのある仕事になるでしょう。

良いビル管理会社とは以前にも数回お伝えしましたが、大手不動産会社の子会社であること。ここをポイントに置けば狂った選択には行きつかないはずです。

大手不動産会社には一体となったビル管理会社が存在します。資本の入ったビル管理会社とは親子の関係です。

ベクトルを一緒にしながらビルの価値と品質アップに進むことになります。

営利を追求することは当然ですが、その前に品質を追い求めるビル管理会社を見極めてください。



ビルメンは楽しい仕事です。転職をお考えの方、お待ちしております。

【プロフィール】

  • ニックネーム:ビル管理が天職
  • 勤続年数:30年(新卒から一筋)
  • 保有資格:電気主任技術者、建築物衛生衛生管理技術者(通称 ビル管)、 第1電気工事士、第2種電気工事士、消防設備士甲類など
  • 経歴: 1986年に入社し多数の現場を経験し現在管理職



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